「宝地図」の望月さんと、般若心経
「若いころからずっと続けてきたことがひとつあります。
それは、私自身が学んで素晴らしいと思った
本やテープのなかから、相手の方が求めているのではないか、
喜んでもらえるのではないかと思うものを
プレゼントするということです」
(望月俊孝)
「幸せな宝地図であなたの夢がかなう」をご存知の方は多いと思いますが、
その著者、望月俊孝さんの「ようこそ、成功指定席へ」は読みましたか?
私は、最近、お友達のMさんに教えてもらい、早速購入しました。
「いかにして夢をかなえるか」という問いに、
《夢を叶える道具》=宝地図、を用いて答えてくれた前者に対し、
後者では、「どうやって夢をみつけるか」や、
「夢を叶えるための心のありよう」などが、豊富な具体例を用いて語られ、
「宝地図」をさらに深めた内容になっています。
宝地図ファンの方には、ぜひ読んでいただきたい一冊です。
この本の中で、最も印象に残ったのが、冒頭の言葉と、それに続く文章です。
望月さんは、現在のように、イベントの主催をされる前から、
本やテープを紹介したり、配ったりしていたそうです。
そして、こう言うのです。
「もちろん、なかにはそういったことを『おせっかい』
ととって迷惑がる人もいますし、
本をあげると、「あなたにはこれが欠けているんだ」という
ネガティブなメッセージとして受け取る人もいます。
『経費がかかるから送らないでください』と文句を言われることも、
ごくたまにあります。
でもそれは、それぐらいたくさんのものを与えているという証拠です。
何かを与えたときには、それに比例してある程度のクレームはあるものです。
逆に、『とてもよかったよ』という感想をいただいたら、
そのうしろには十倍ぐらいの喜んでいる人がいるとみていいのです。
なぜなら、『いい』と思っても、それを面と向かって言ってくれたり、
言葉に出して伝えてくれたりする人は、全体の一割ぐらいだからです」
私は、この文章を読んで、衝撃を受けました。
なぜなら、私自身には、「おせっかい」と言われてまで、人に何かを与えようという勇気がないからです。
喜んでくれた人が何人かいたとしても、一人からはっきりと迷惑がられたら、
もう、同じことをやるのは難しいのではないかと思います。
ですから、望月さんは、なんて勇気のある人なんだろうと思いました。
そして、気づきました。
「迷惑がられる可能性があるから、何もしない」
というのは、「相手に迷惑をかけてはいけない」と相手を思いやっているようで、
実際は、「迷惑がられることで、自分が傷つきたくない」という思いの表れなのだと。
そう、私は、傷つくことをひどく恐れています。
人から、批判されたり、拒絶されたりすることを、極力避けたいと、常に思っています。
でも、そういう思いが、色々な可能性をつぶしているのではないかと、
望月さんの文章を読んで、考えさせられました。
「何かを与えたときには、それに比例してある程度のクレームはあるものです」
という言葉は、エルバート・ハバードの名言にも繋がります。
To avoid criticism,
do nothing, say nothing,
and be nothing.
(他人に批判されたくないなら、何もやらず何も言わなければよい。
しかし、それは生きていないのと同じではないか)
この名言は、私が英語の教材のひとつとして使用している、
「語り継ぎたい世界の名言100」
という本に、1番目に取り上げられていて、この2ヶ月というもの、
毎日暗唱していたのですが、望月さんの文章を読んでから、
この言葉が、より強く、私の心に迫ってくるようになりました。
しかし、望月さんの文章によって、想起させられたのは、この言葉だけではありません。
それは、タイトルにあげた、「般若心経」です。
私は、特別、仏教に詳しいわけではありませんが、
ご縁があって、比叡山の千日回峰行を修めた阿闍梨さんと、
般若心経や不動明王真言などを唱えさせていただく機会に恵まれて以来、
仏教に関する本を何冊か読んできました。
その本の中では、「般若心経」の正式名称、
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」
が、このように説明されていました。
仏説とは、仏様が説かれた教えであり、
摩訶は、大きくて深遠なこと。
般若は、真実の智慧という意味で、
波羅蜜多は、迷いの世界から、悟りの世界に到ること。
そして、心経は、核心となるお経を意味するそうです。
つまり、「般若心経」とは、
仏様が説かれた、悟りの世界に到るための、
深遠な、真実の智慧を教えてくれる、核心となるお経、といえるようです。
では、どうすれば、真実の智慧を得て、悟りの世界に達することができるのでしょうか?
波羅蜜多という言葉に注目してみると、
これは、六波羅蜜といわれる、
布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧の6つのことで、
お釈迦様は、この六波羅蜜を修したため、悟りを開いて仏となったそうです。
さて、説明が長くなりましたが、今回、望月さんの文章を読んで思い浮かんだのが、
この中の忍辱という言葉でした。
この言葉は、本の中では、
「いつも心を平静にもって、他から加えられる屈辱や苦痛に耐え忍ぶという修行をさす」
と説明されています。
そう聞くと、釈迦が行った断食などの苦行や、
十字架にかけられたキリストの姿などを思い浮かべてしまいますが、
そのような、たいそうな苦難でなくとも、忍辱といえるのではないでしょうか。
たとえば、望月さんが、自分が感動した本をプレゼントしたことについて、
人から文句を言われても、心を乱されず、その行動を続けていることなどです。
そして、般若心経を読み進め、その中心ともいえる、「空」の思想にふれて感じたのは、
「耐え忍ぶ」とは、歯を食いしばって我慢するということではなく、
気にしないということなのではないか、ということです。
人から「おせっかい」といわれても、気にしなければいいのです。
反省すべき点があるなら、反省し、その後は、もう気にしない。
そういえば、アニメ「一休さん」の主題歌にも、こんな一節がありました。
♪ 気にしない 気にしない 気にしない~
さすが、名僧・一休さん。
アニメといえども、深いです(笑)。
(ちなみに、この一休さんこと一休宗純は、「般若心経」に対する造詣が深く、
その教えを、「仮名法語」で、民衆にわかりやすく説いたそうです)
また、先日の記事で話題にしたイチローには、こんな言葉もあります。
「自分のしたことに人が評価をくだす、それは自由ですけれども、
それによって、自分を惑わされたくないのです」
その人気と実力ゆえに、常に周囲からあらゆる評価をくだされながらも、
それに惑わされることなく、なすべきことをなし、結果を出し続けているイチローもまた、
忍辱を実践しているといえるのではないでしょうか。
イチローにしろ、望月さんにしろ、
人に多くを与えている人というのは、意識するしないにかかわらず、
悟りへ達する修行を、実践しているのかもしれません。
最後に、素敵な本を紹介してくださったMさん、ありがとうございました♪
*「般若心経」の説明に関しては、主に、「面白いほどよくわかる般若心経」(日本文芸社)を参考にさせていただきました。
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)




最近のコメント